個人で日立街歩きを行いました。
2023年 02月 16日
日立市は、人口17万人の街で、日立駅の乗降客数は1万6千人です。ここは1905〜1981年に存在した日立鉱山があったことから、日立製作所と日本鉱業(現・ENEOSホールディングス)の企業城下町として発展しました。日立製作所も、もともとは日立鉱山で用いる機械の修繕を目的として設立された会社でした。
また、建築家の妹島和世氏の出身地であることから、氏や氏と西沢立衛氏の建築家ユニット・SANAAの作品がいくつか存在しています。
東京から特急に揺られること1時間半、車窓に海が見え始めたところで到着です。玄関口の日立駅は、2000年代から進められていた日立駅周辺地区整備事業の一環として、妹島和世氏のデザイン監修と東日本旅客鉄道水戸支社+ジェイアール東日本建築設計事務所の設計で2011年に竣工しました。壁面はガラスカーテンウォールで構成され、日立の海と街を360°楽しむことができる建物となっています。また、建築作品という枠を超えて、観光地として著名です。特に駅舎東側(写真左奥)にある「シーバーズカフェ」は、絶景に囲まれながら食事を楽しめるレストランとして人気を博しています。

駅前には駅舎とは少し時代が異なりそうな建物が存在しています。駅前にはかつて、日本鉱業の鉱石出荷ヤードがありましたが、日立鉱山閉山後の1983年からこの跡地を活用する「日立駅前再開発事業」がスタートし、1990年に『日立シビックセンター』、『日立新都市広場』、『日立ショッピングセンター』が整備されました。『日立シビックセンター』は、坂倉建築研究所の設計により建設されました。コンセプトとして、音楽ホールや図書館などの多様な用途を弱めることなく複合させることを目指しています。下の写真は、日立市新都市広場から日立市シビックセンターを臨んでいます。この日はイベントが行われ、活況を呈していました。

日立シビックセンターの裏には『K本社屋』(1997年)、そして駅から西に10分ほど歩くと『パチンコパーラー』(1993年)があります。いずれも妹島和世氏の作品で、建主は日立市のパチンコホール運営業者『金馬車』です。
『パチンコパーラー』が位置するのは、商店街『日立銀座ショッピングモール』です。市民参加の手法を用いて整備され、1983年に竣工しました。1987年には建設省(当時)の手づくり郷土賞を受賞しています。
駅から北西方向にある『日立新庁舎』は、こちらもSANAAの設計によって2019年に完成しました(写真)。見どころとしては、庁舎の前面に広がる『みんなの広場』というヴォールト(アーチ状の天井)大屋根がかかる屋外広場です。通常見られるように庁舎の前面に駐車場を配すのでなく、誰でも利用でき、多様な用途で用いることのできる広場にという意図があるそうです。
同じくSANAAの設計による大屋根のかかる屋外広場『海の駅なおしま』も想起されますが、それに比して明るく圧迫感のないのは明るさが拡散するヴォールト屋根を採用したからなのではと推測されます。
1時間ほどで日立駅から中心市街地を抜け、日立市新庁舎までの街歩きを楽しみました。
鉱山や日立製作所の発展で栄えた時代。1980年代の日立鉱山の閉山や日立製作所の人員削減、郊外化の進展という幾多の困難と、それに抗するごとく『日立銀座ショッピングモール』商店街整備や「日立駅前再開発事業」。郷土の偉人・妹島和世氏を起用したデザインを起点とした地域活性化。そんな日立市の都市史を概観できる街歩きでした。
