3月1日(火)に開催した、荻窪・阿佐ヶ谷まちあるきを振り返る
2022年 07月 3日
荻窪駅から阿佐ヶ谷駅までを巡ります。荻窪や阿佐ヶ谷は杉並区で、閑静な住宅街が広がっています。関東大震災の影響で都心部から人口が流入し、市街化されました。そのため、この時代に作られた住宅がいくつか残っています。これらの中には戦前に3度にわたって首相を務めた近衛文麿の邸宅「荻外荘」や、音楽評論家の邸宅であった「大田黒公園」などが存在します。また中世では、鎌倉から東北方面への街道が通っており、城郭や中世の武士が創建した神社やあります。杉並の歴史を感じる旅に出かけてみましょう!
当日は5人でのまちあるき。春の到来を思わせる少し暖かな昼下がりでした。
まず荻窪駅からいくつかのスポットを巡りつつ南下。まず現れたのは『NTT荻窪ビル(旧荻窪郵便局電話事務室)』。お茶の水の聖橋を設計した山田守が設計し、1932年に竣工しています。そのすぐ向かいには昭和戦前から中期の建物が多い中、江戸時代の建物『中田家長屋門』があります。家屋はビル敷地になってしまいましたが、門だけ残っています。中田家はこの地域の名主で、江戸幕府の将軍や明治天皇の休息所としても利用されました。現在、門内は駐輪場で、こういう保存活用の仕方もあるんだなあ、と驚かされます。

続いては『西郊ロッヂング』。1938年に建てられた集合住宅。さらに『大田黒公園』、『角川庭園』、『荻外荘』といった著名人の邸宅が並びます。このように昭和中期では、邸宅を建てるにふさわしい地域として認識されていたことがわかります。
この辺りから坂になって、善福寺川が削り出した低地が広がります。低地には1950年代までは田んぼが広がっていたそうで、その田を転用して公団の団地が建設されました。それが「荻窪団地」と「阿佐ヶ谷団地」です。
高度経済成長期の住宅不足解消として建設された団地の初期のものでしたが、老朽化のためそれぞれ2010年代に建て替えられました。荻窪団地は公団の後身であるUR、一部は住友不動産により建て替え、阿佐ヶ谷団地は野村不動産により建て替えられています。

団地前を流れる善福寺川を少し下ると、『屋倉橋』という橋がかかっています。実はこの橋、城郭の建造物を意味する「やぐら」に由来すると言われています。すなわち、ここに『成宗城』という城があったそうです。
再び善福寺川を渡ると旧阿佐ヶ谷団地を野村不動産が立て替えた『プラウドシティ阿佐ヶ谷』があります。
そこから北上し、『パールセンター阿佐ヶ谷』を抜けると、阿佐ヶ谷駅に到着します。(南阿佐ヶ谷駅解散の予定でしたが、参加者全員の都合を鑑みて阿佐ヶ谷駅まで歩きました。)阿佐ヶ谷駅近くの「Gion 」で旅の疲れを癒すクリームソーダをいただきました!
